日本からバルセロナに渡り、小学生年代の指導をされている高田純氏。
日本とスペインの違いや、スペイン人の子供たちが小学年代で学んでいることを語っていただきました。
そんな高田純氏のサッカー観や指導論をご覧ください。
選手歴・指導歴
ーー高田さんの選手歴・指導歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?
元々は18歳まで選手としてプレーしていまして、当時はプロを目指してずっとやっていたんですけど、高校3年生の春に右足のアキレス腱を切ってしまって…。
それが癖になってしまって、ドクターからもプレーはできるかもしれないけど、プロでやっていくには厳しいかもしれないと言われてしまったので、そこから指導者に転身しました。
ーードクターから宣告されたときは、サッカーはもう辞めようとか観るのも嫌だっていう風にはならなかったですか?
そうですね。
小学1年生からサッカーをしていたのでショックな気持ちは当然ありましたけど、ただ、それ以上にサッカーから離れるっていう選択肢は考えられなかったですね。
ーー本当にサッカーがお好きだったんですね。
続いて、指導者としてのキャリアをお伺いしてもよろしいでしょうか?
高校を卒業してすぐにスペインのバルセロナに渡ったので、スペインがスタートです。
ーーいきなりスペインがスタートなんですね。
渡った経緯をお伺いしてもいいですか?
怪我をしたあとに自分の頭の中を整理して、「指導者を目指そう」となったときに、指導者を目指すのであれば海外に出て学んだほうが良いのかなっていう直感的な部分が大きいんですけど、そう思ってそれでバルセロナに渡りました。
ーー高校を卒業してすぐにバルセロナに渡ったということですが、親御さんの反対はなかったですか?
そこは、絶対に反対されるだろうなと思いながら、恐る恐る自分の気持ちを伝えたんですけど(笑)、最終的には「頑張ってこい」と背中を押してもらえました。
ーー良かったですね。
物分かりの良い親御さんで。
はじめからバルセロナに行こう!と決めいたんですか?
当時はバルセロナと南米の2つの選択肢があったんですけど、南米は危険なんじゃないかって親に言われたのと、あとは当時スペイン代表がW杯で優勝していたり、バルサにはグアルディオラがいて、単純に結果だけを観てもスペインサッカーが魅力的だったので、最終的にはバルセロナに決めました。
ーーたしかに、南米は怖いイメージがありますね。
現地の指導者学校はどのように探されたのでしょうか?
インターネットで探索をしていて、その時に坪井健太郎さんが主催されている指導者留学のプログラムを見つけて申し込みました。
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留学中の話
ーー高校を卒業してすぐにバルセロナに渡られたということで、いろいろと苦労もされてきてるかと思いますが、一番苦労されたことはなんですか?
当然ですけど言語面ですよね。
スペイン語はもちろん英語も全然できなかったので、最初はホームステイだったんですけど、その家族とのコミュニケーションから苦労しましたね。
ーー今はもう問題なくスペイン語は喋る訳ですよね?
はい、もう5年になるので!
ーーちなみに、どのくらいで喋れるようになりますか?
言語は人によって習得期間に差があると思うんですけど、僕の場合は若くしてスペインに渡ったっていうのもあったので、3、4ヶ月である程度は相手が何を話しているのかは分かるようになりました。
ーーめちゃくちゃ早いですね。








